生き恥をさらす時代

公開日 2018-04-15 最終更新日 2021-04-06

7年ほど前、ラーメン屋さんへ取材へ行った時に、とても印象に残っている言葉があります。
それは、「生き恥をさらしながら生きています」という言葉です。

そこはオープンして1年ほどのお店でした。
味は良いと思いました。
値段も手頃。
取材するくらいだから、人気の出てきている店舗でした。

自分はその言葉を謙遜だと思って、「何言っているんですか、おいしいですよ」と返しました。
それ以上、それについての会話は続かず店を後にしましたが、いつまでも「生き恥をさらしながら生きています」が頭の中に残りました。

発信とは、生き恥をさらすこと

最近、すごくそのことを実感します。
こうしてブログを書いたり、インスタへ写真を公開したりしているのは、冷静に考えればまあ恥ずかしいことなんです。

特に文章は、自分の頭の中を見せることになります。
小説やエッセイのように何度も書き直した完成したコンテンツではなく、考えていることの断片をぽつりぽつりと残していく種類のものです。

自分のことを知っている人であれば、「あの人はこういうことを考えているんだ」と思われてしまいますよね。
知らない人でも、「浅い考えだな…」という感想を持つかもしれません。
「大したことを書いてないな」なんて思われたり。

つまりこうして発信し続けることは、客観的に評価される土俵に自ら立つということです。
つくづく「生き恥をさらしているよな」と思ってしまいます。

では、なぜそういう状況に置かれても発信を続けるのか。理由は二つあります。

一つは、情報を分け合って生きるほうが、みんなが楽になるから。

例えば海外一人旅のことについて書けば、これから海外へ行ってみたい人にとって、有益な情報となるでしょう。
もしネット上に一つも情報が落ちていなければ、その人は困った状況になります。
自分の体験したことを公開せずみんなが隠してしまうと、世の中はかなり不便になるんですね。

自分は不便な世の中になるのは嫌です。
これまで検索することにより、色んな人の情報のお世話になりました。
情報をオープンにしていくことの大切さを実感しているんです。

その中へ自分も貢献していき、少しでも生きやすい世の中になればいいと願っています。

もう一つは、どっちみち近い将来、かなり多くの人がネット上へ自分の情報を出すようになると思うんです。

その時に、世間に気に入られようと綺麗事を並べても、読む人はきちんと見抜きます。
「この人は正直に書いているかどうか」この一点で、信頼されるかは決まります。

ネット上へ文章を書くのが日常になれば、嘘はつけなくなります。
かっこつけて思っていないことを書いたとしても、見抜かれてしまうんですね。
むしろ、「ネット上で正直に文章を書いている人」が好感を持たれるでしょう。

実はネットで発信を続ける一番のメリットは、ここにある思っています。
ネットとリアルの両方で信頼されるため、自分の思っている正直なことを発信していく。
生き恥をさらしながらも、それが結果的に自分にとって良いことになるだろうなと。

そんなことを思いながら、日々、発信を続けています。
noteでコラムを書いてますので、よかったら読んでみてください(最後は宣伝になりました)。

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執筆の生産性をアップさせる方法を以下の記事に書きました。

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