なぜ男は、道具に夢中になるのか。目的より手段の話が盛り上がる理由

公開日 2021-09-09 最終更新日 2021-09-12

タイトルに思いっきり「男は」と書いていると、各方面からお叱りを受けそうです。
もちろんすべての男性に当てはまると思っておらず、割合の問題と考えています。

道具に対して人間は夢中になるだけでなく、ときには「自分の道具が優れている」と争いにもなります。
そしてその比率は、男性の方が多いと思うのです。
これはどうしてなんでしょう。
不思議に思ったので、考えてみました。

最初にお断りしておくと、この記事はたくさんの論文や書籍などを読み、多角的な角度から論じているわけではありません。
執筆者が考えたことを、単純にテキスト化しています(要するにコラムです)。

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なぜ男は、道具に夢中になるのか。目的より手段の話が盛り上がる理由

先日、当ブログのある記事が、いくつかの批判を受けました。
経緯などは別記事にまとめたので詳しく書きませんが、一行で説明すると、キーボードのある入力方法について意見を書いたら、「その方式を好きな人」と「その方式を良いと思っていない人」の両サイドから批判を受けたのです。

批判を受けた根本的な原因を考えてみた結果、「それぞれの道具に対するこだわり」にあると思いました。

「何をどう書くか」より「何で書くか」の議論のほうが白熱する

しかしよくよく考えると、少しおかしな話だなと思いました。
なぜなら入力方式というのは、ただの手段だからです。

ローマ字入力やかな入力など1つのキーボードの入力方式を選んで、ひとは文章を書きます。
では、なぜ文章を書くのか?
その理由は、何かを伝えたいからです。
言うまでもなく、使用する道具より文章そのものが大事です。

そのため「どう書くか」「何を書くか」について、激しく議論されるのはわかります。
それが、文章の根幹だからです。
それに比べると、「何を使って書くか」は重要度がかなり落ちると思います。

「何を使って書くか」についてあれこれ考え議論するくらいなら、「何をどう書くか」に時間を使ったほうが良い文章は書けます。
しかし世間の状況を見ると、そうなっているように思えません。

「何をどう書くか」より「何を使って書くか」の議論が多い印象

もちろん「何をどう書くか」の議論はたくさんあるし、そういった書籍も数多く出ています。
しかしそれらの議論をするひとは、文筆を専門にしている(もしくは専門家を目指している)一部の人に限られているように見えます。

一般的には「何をどう書くか」に関してそれほど熱く語られていないし、まして批判や議論を目にする機会は、「何を使って書くか」に比べると圧倒的に少ない印象です。

このブログもまた手段ばかり書いている

つまり「目的より手段の話のほうが盛り上がるし、みんな関心あるのでは?」と仮説を立てているのです。
かといってそれが真実だとしても、批判しているわけではありません。
ぼくもその傾向に乗っかり、このブログでは道具であるガジェットについての記事をたくさん書いています。

このブログには「執筆」というカテゴリーを作っています。
そこには「何をどう書くか」よりも、テキストエディタやキーボードといった、「何で書くか」の記事が圧倒的に多くあります。
誰あろう自分自身が、「目的よりも手段のほうが気になる」し「記事として書きやすい(意見しやすい)」と自覚しているのです。

女性にもガジェット好きはもちろんいるが…

「目的より手段が盛り上がる話はわかった。しかし、それを男性に限定するのはどうなのか。女性にもガジェット(道具)好きはたくさんいる」そんな意見もあるでしょう。
そのとおりだと思います。

冒頭にも書いたように道具に夢中になるひとを、男性に限定しているわけではありません。
自分の知る範囲の女性のガジェット好きで有名な方は、勝間和代さんや市川渚さん、大石結花さん、amity senseiさんが思い浮かびます。
このブログで以前に紹介した、千葉敦子さん著作『ニューヨークの24時間』にも、効率よく仕事を進めるための道具の記載がいくつも出てきます。

それでもYouTubeやTwitterでガジェット・レビュアーを見る限り、道具に付いて語り、ときに論争しているのは男性の比率が多いように思えます。

批判を受けたグループについたコメントは、すべてが男性

例えば、こんなわかりやすい例があります。

「先日、このブログの記事が批判を受けた」と書きました。
批判はキーボードの入力方式についての、フェイスブックグループからもいただきました。
そこで、自分もそのグループに加わり色々な意見を聞いてみたんです。
執筆時点では、そのスレッドに70近いコメントがついています。
一人で複数コメントをしている人もいるでしょうから、ざっくり40〜50人がコメントしているでしょうか。

そしてその男女比率は、100対0で男性が多いです。
ものの見事に、すべてが男性。
コメントを書き込んでいる人のうち、女性はひとりもいないのです。

多くの女性がコスメの話で盛り上がるように、多くの男性は道具の話で盛り上がる。
そのように思えてなりません。

原始時代の記憶が今の行動を決めている

自分はこんなふうに、「人間は、なんでこういう行動をするのだろう」と疑問が出ると、原始時代の社会状況を想像してみることにしています。
これは進化心理学とも呼ばれるようですが、そこまで難しい考えではありません。
単純に人間は原始時代の期間が何十万年と長くあり、今の行動はそのころの記憶にどうしても影響されると思うからです。

食料を手に入れられるものが尊敬される社会

原始時代、それこそマンモスを追いかけ狩りをしていた時代は、どんな社会だったのでしょうか。
ステレオタイプのイメージかもしれませんが、女性は仲間の女性たちと共同で育児をしたり料理を作ったりし、男性は明るいうちに狩りに出たり、木の実を取りに行ったりと、食料調達に出かけたのではないしょうか。

育児も料理も狩りも、それらすべてに道具は必要です。
ただし男性にとっては、道具の存在が女性よりも圧倒的に重要でした。
なぜなら道具の精度が、狩りや採集など食料調達の成果に直結するからです。

良い道具を持つ男がすべてを手に入れた

原始時代の最も優先順位の高いタスクは、食料の獲得だったでしょう。
今の自分たちにとって、お金を稼ぐことが重要なのと同じです。

そのためより多くの食料を調達できる男性は、仲間から尊敬されます。
女性は、尊敬される男性にひかれます。
尊敬される男性は、自分と子どもの生存確率を上げてくれる存在だからです。

原始時代に現代のような結婚制度はありませんから、モテる男が多くの女性と性交する権利を持ちます。
つまり道具の精度を高めることは、「自分の遺伝子を多く残すこと」に直結したのです。

道具は今でも狩りの成果に直結する武器

人間は性別に関わらず、自分の遺伝子を残すことを強くプログラミングされています。
そのため原始時代の男は、遺伝子を残す確率を高めるために道具にはこだわったでしょう。
良い道具が生まれれば、きっと周りの男たちが「それはどうやって作るんだ?」と興味津々になったはずです。

磨き抜いた道具で成果を上げられれば、道具そのものに愛着が増し、プライドを持つようになります。
誇りを持って使っている道具を他人からけなされれば(「そんなへなちょこの弓矢で、マンモスを倒せるのか?」とか)、争いにだってなったのではないか。

それら原始の記憶を引き継ぐ現代の男にとって、今でも道具は「成果に直結する武器」の意識がある。
道具が例え趣味のためのものであっても、愛着とプライドを抱いて不思議ではありません。

道具への愛着は理屈ではない

文章の入力方式など、まさに仕事のための道具。
趣味の範囲であっても道具を使ってアウトプットすることで、周りから尊敬されたいという思いが多少なりともあるはず。

今は道具にこだわっても特段モテないでしょうが、それでも男は道具に夢中にならずにいられません。
道具への愛着が原始時代の記憶に根付いているのだから、もはや理屈ではないのです。

まとめ

世間を見渡すと、道具が大きなマーケットを築いていることに気づきます。
新製品が次々に発表され、競合する製品が生まれ、それらを宣伝する広告が制作され、販売のチャネルが整備されます。
道具についてレビューするブログが無数に生まれ、それらを参考にして買う人が次々生まれます。

(あくまで割合の話ですが)多くの男が道具にひかれるのは仕方ないことであり、かつ、そのおかげで世界の経済は活気づいているのです。

こんな風に考えてみましたが、おそらくガジェット好きが多いであろうこのブログの読者の皆さんは、どのように考えられたでしょうか。

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